おでんとおはぎ 第02話
「ただいまー」
洋子はガラガラと引き戸の玄関扉を開け、転がしてきたキャリーバックを少し乱暴とも思える仕草で引き入れた。
奥からパタパタとスリッパの音が聞こえる。
「あら、あら、洋子、おかえりなさい。電話もしないで、あんたは」
言いながら出てきたのは母の久子だ。
六十三歳の久子は実年齢よりずっと若く見えた。
久子は今の自分より三歳年若い三十歳のときに自分を産んだのだと、ふいに洋子は思う。
「今日帰るって言ってたじゃん」
「一週間も前に電話かけてきて、それっきりだったじゃない。どうするのかと思ってたら、もう、この子は」
顔をしかめた久子は、奥を振り返り、大きな声を出した。
「おとうさん、おとうさーん、洋子、帰ってきましたよ」
「おーっ、おかえりー」
奥から周造の太い声が響いた。
若いときから周造の声は低く太かったが、六十八になった今、その声はますます太く重さのあるものになっていた。
その声を聞いて、洋子は力が抜けた。
家の中も、何も変わっていない。
「あーっ、疲れた」
洋子は玄関を腰を下ろし、ゆっくり靴を脱ぐ。
「新幹線?」
「うん」
「飛行機にすればいいものを。疲れるでしょ」
久子が優しい声で言う。
事前連絡を入れなかったことについての怒りはもう治まったようだ。
腹立ちを口にはするが、それですっきりと流すところが母の良いところだ。
「新幹線が好きなんだもん」
洋子も甘えた声を出した。
「早く上がってゆっくりしなさい」
「うん」
奥に入る久子に続き、洋子はゆっくりと歩いていく。
足裏にひんやりとした廊下の感触がひろがる。久子が丁寧に磨いている清潔な廊下の冷たさ。
久しぶりの実家は懐かしい匂いがした。