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おでんとおはぎ 第06話

 洋子と惣介、日向敏子と井筒明は小倉の予備校で出会った。
 ばらばらの高校から集まった四人だったが、自習室で言葉を交わすようになり、なんとなく気が合い、なんとなく一緒につるむようになっていった。
 敏子と明は同じ九州大学に進んだ。といっても、敏子は文学部、明は医学部だったが。
 そして二人は付き合い始めた。どうしてそうなったかは知らない。敏子に聞いても、明に聞いても、「なんとなく」としか答えなかった。
 照れて内緒にしていたのかもしれないし、ほんとに「なんとなく」始まったのかもしれない。
 明より先に大学を卒業した敏子は東京の製薬会社で働き始めた。
 明と敏子は二年ほど遠距離恋愛を続け、そして別れた。
 敏子は仕事と新しい生活に追われ、明は勉強に追われ、二人の心は自然と離れていったようだ。
 その後も、洋子と敏子との交流は続いたが、敏子のことを考えると、なんとなく明や、明と仲の良い惣介には連絡がとりずらくなってしまった。
 明と惣介も同様に感じたようで、二人の付き合いは続けているようだったが、洋子や敏子に連絡をしてくることはなくなった。
 そうして、四人は二人と二人に分かれ、ばらばらになってしまった。

 久しぶりの小倉城は、城としては小ぶりながらも、相変わらず堂々としていた。
 洋子はこの城の凛としたたたずまいが好きだった。
 洋子が玉砂利の上に立ち、城を見上げていると、修学旅行だろうか、学生の団体がやってきた。
 洋子は道の脇に逸れ、にぎやかに通り過ぎていく学生達を見送った。
 どこから来たのか知らないが、高校生達はこんな小さな城には何の興味のないようだ。
 生徒の群れの中から「この城、ちっせー」と言う声が聞こえた。
 洋子は苦笑して、再度、城を見上げた。
「ちっせーか・・・結構立派なのにね」
 小倉城も、やはり懐かしい。
 久しぶりの町は優しいものに溢れていた。すべてが柔らかい記憶に通ずる。
 なぜもっと早く戻ろうという気にならなかったのか。
 それとも逡巡したから、今、穏やかに故郷が受け入れられるのだろうか。
「樋口」
 耳元で声がした。
 驚いた洋子が振向くと、満面の笑みを浮かべた惣介が立っていた。
 いつも、いつの間にか側にきている男だ。
「止めてよ、足音もなく近づくの」
「ああ、修学旅行生たちに挟まれてたから」
「びっくりしたー」
「そんな、人を忍者みたいに」
「お城だけにね」
 無言で惣介がじっとこちらを見ている。
「何よ」
「うん・・・なんか・・・親父っぽい」
「嘘」
「ほんと」
 今度は洋子が黙る番だった。
「ごめん、何かささった?」
「うん」
「何が?」
「おっさんたちに囲まれて、負けないように仕事して、男になっていってんじゃないかって不安なんだから」
「なんだそれ」
 惣介が楽しそうに笑った。洋子は苦笑する。
「いいよ。男社会で働く女はみんなこうなっていくんだよ。知らずにつまんない親父ギャグを口にしたりしてさ」
「そうむくれるな」
「むくれるわ。そういえば、敏子もひどいよー。部下持っちゃってから、ますます男みたくなっちゃって」
「日向、元気にやってる?」
「やってる、やってる。大出世してるよ。仕事一筋。私と同じで結婚もせずに。親不幸街道驀進中だよ」
「そうなんだ。なんか、らしいな」
 惣介の目が遠くなる。
 優しい目だと思った。
「らしいなって」
「うん、ほら、日向って優秀だったし。勉強も出来たし、てきぱきしてて、仕切り屋ってゆーの」
「だね。変わってないよ。東京に遊びに行ったら、全部スケジュール管理してくれる。どこを回るかも全部予定立ててくれるし」
 惣介が苦笑する。敏子のことを思い出してるのだろう。
「幹事根性丸出しだな。でも、会社とか仕事には向いてそうだな」
「向いてるね。あれは簡単にはやめないね、仕事は」
「いいじゃん。力を発揮して、大出世して」
「女としては幸せなのかね」
 自分はどうなのだろう。
 敏子に向けた言葉が自分に返ってくる。
 そんな微妙な洋子の心持ちを知ってか知らずか、惣介が黙りこむ。
「自分はどうだって顔してんね?」洋子がからんでいく。
「そうじゃないけど」
「いいよ。どうせ寂しい一人もんだから」
 語尾を巻いてしまって、洋子はとまどう。
 いやだと思う。
 なんか私、甘えた感じになってない?
 羞恥を隠すように、城を見上げるふりをして、惣介に背を向けた。
「樋口は仕事も恋も、うまく両立させそうじゃない」
「そんなことないよ」
 自分は今どんな顔をしているだろう。顔を背けていてよかったと思った。
 口にした言葉は嘘ではなかった。実際、まったくそんなことはなかった。残念ながら。
 仕事のやりがいは誰よりも得られたかもしれない。
 でも、そのかわり、普通の若い子がするような恋愛はしてこなかった。できなかった。
 同年代の者との付き合いは、時間の無さ、余裕の無さからことごとく長続きしなかった。
 妻帯者と付き合ったこともあった。
 小心者の私は、相手の背後に妻や子供の存在を感じると、仕事の疲れやストレスを言い訳に、不倫を正当化した。
 『忙しいんだから仕方ないじゃない。こんなにストレスが溜まってるんだから、少しは癒されたいじゃない』と。
 今考えると、言い訳にもならない言い訳だ。
 何がしたくて、あんなことをしたんだろう。 
 私は何が欲しかったんだろう。
 忙しい日々の中で自分を見失っていたと言えば聞こえはいいが、その実、仕事以外の私は、言い訳の多い怠惰な女だった。
「ん? どした? ひきずってる恋でも思い出した?」
「何よ、ないわよ、そんなもん」惣介に向き直る。
「一つぐらい、あるんじゃないの?」
「ないわよ」
 ほんとになかった。
 悲しいほどからっぽだった、私のちっちゃな数々の恋。
「それも、寂しいわな」
 返す言葉がない。惣介の言うとおりだった。
「これも地雷だった?」
 惣介が子供がするようないたずら顔で、こちらを覗きこんでくる。
「そっちはどうなのよ」
「うーん、あると言えばある、ないと言えばない」
「はっきりしないわね」
「うーん。でも、そんな感じ」
 やっぱり、ちょっとピントがずれている。相手の女が気の毒だ。
 惣介が淡く付き合っている女、そして今まで付き合ってきたであろう女について、少しの間想像をめぐらす。
 どんな女たちなのか、さっぱり想像がつかなかった。
 惣介の女の好みを知らなかったことに、初めて気づいた。
「陶芸家っていったら、あれ、やっぱり、やるの?」
「あれ?」
「ほら、あるじゃん、ゴーストだっけ? 映画で、女の人の後ろから男が手ぇ回して、一緒にロクロ回して、泥にまみれた手を絡み合わせて・・・大人の泥遊び? みたいな」
「・・・」
「何よ、その反抗的な目つきは」
「いや・・・なんか、おっさん化とかじゃなくて、若干古いってゆーか・・・その感性が」
「あんたに感性とやかく言われたくないわよ」
「でも、俺、一応陶芸やってるし、樋口、医者だし・・・収入とか世間体は全然勝負になんねーけど、感性って意味では俺のほうが上かと・・・」
 御託の多い男だ。
 しかし、そういえば思いあたるところもある。
 昔、付き合っていた男とケンカしたとき、情緒に欠けると言われたことがあった。
 なんであんなふうに映画を見てすぐにメソメソするような男と付き合っていたのだろう。
 洋子はふっと鼻で笑った。
「なに?」惣介がいぶかしげに見ている。
「ま、いいわ」
「何が?」
「ううん、なんでも・・・・・・なんか、ほっとする。惣介のその感じ」
「ん?」
 惣介が顔をしかめる。
 いちいち人の言葉を受け止める男だ。
 女が放った意地悪なんて無視すればいいものを。
 惣介の人のよさに洋子は思わず笑ってしまう。
「いいの、わかんなくて」
「なんだよ、それ・・・・・・あーあ」
 惣介が伸びをして、小倉城を見上げている。
 その背中を見ていると、自然と小さな笑いがこぼれた。
「ん?」
 惣介が振向く。
「なんでもない」
 自分はやはり惣介に甘えていると思った。
 それとも昔はこんなに無防備に人と接していたのだろうか。
「井筒、元気?」
 惣介とは付き合いが続いているであろう井筒明について聞いてみる。
「うん。元気、元気。やる気まんまんだよ。おまえも明も、二人とも外科だったよな」
「そう。たしか、まだ大学病院だよね?」
「そのまんま大学の付属で働いてるよ。会ったりしないの?」
「学会とかで、ちょっと会ったりするけど、すれ違う程度」
「そっか」
「優秀だよね、井筒。まさか、あんなにえらくなるとは」
「そんなに偉いの?」
「うん、えらいよ、助教授だもん。とっても優秀だし。一度だけオペの映像見たことあるわ。ありゃー将来教授も夢じゃないね」
「へえー、すげーな。リアル白い巨塔ですか。そんなに仕事して、それで結婚もして、なんでも欲しいままだな」
「へえー、結婚したんだ。そりゃあ、たまげた。知らなかったわ。奥さん、どんな人?」
「普通の人。普通で綺麗な人」
「いいなー。私もそんな嫁がほしい」
 今は思っていないが、そんなことを本気で強く願ったときもある。
 大した仕事はしてなくても、家で待っていてくれる旦那を望んだときがある。
「俺だってほしいよ」
「私、専業主夫になってくれる旦那がいいな。若くて、かっこよくてたくましくて、韓流スターみたいな旦那」
 惣介が何も言わずこちらをじっと見た。
 暗い感じだった。
「何ひいてんのよ。働く女はみんな思ってることよ」
「いや、それ、おまえとか日向だけじゃないの?」
「そっかな。みんな言わないだけだよ。女は嘘つきでええかっこしいだからさ」
「ええかっこしいか。確かに女は嘘つきだよな」
「男だって嘘つくじゃん」
「そうかもしれないけど、男の嘘はばれるじゃん。女はさらっと嘘つくからさ」
「そっかな、女によるよ」
「そうかなあ」
 こんなふうに内容のない会話を家族以外のものと交わすのは久しぶりだと洋子は思う。
「ねえ、市役所の展望台って、まだ開放してるの?」
「ああ、たぶん。最近行ったことないけど」
「ねえ、行ってみようよ。すぐそこだし」
「うん、いいけど。城の上にはのぼらないの?」
「だってあっちの展望台のほうが断然高いんだもん」
 城の小さな展望台も悪くないが、ガラス張りの高層階でぐるりと周囲を見渡すダイナミックさには敵わない。
「まあ、そうだけど」
「行こ、行こ」
 洋子が惣介の手をひき、早足で歩き始める。
「行くからひっぱんなよ」
「早く行こうよ」
 洋子は更に足を早めた。
 はしゃぐ気持ちを抑えられない。
 惣介の苦笑する顔を見ていると、少し恥ずかしくなった。


おでんとおはぎ