おでんとおはぎ 第04話
「何が大丈夫ですか。こっちは塩分控えたり気をつかってるのに、この前なんか、こっそり内田さんと飲みに行ったりして」
「あれは・・・あいつがどうしてもって言うから」周造の顔が渋くなる。
「それぐらい、いいじゃない」洋子がとりなす。
「良くないですよ。こっちは心配しているのに」
久子が振向いていった。洋子の加勢が許せなかったらしい。
「おまえは、ほんとにいちいち」
父の不機嫌声はなかなかに怖かった。声の太い男を旦那にするのはどうかと洋子は思った。
しかし、久子には通じていないのだった。
「いちいちとは何ですか。また倒れたりしても、もう知りませんからね」
久子は静かに、しかしきっぱりとした口調で言い放ち、油を熱していたフライパンに野菜を入れた。
野菜についていた水が油にはじける音が響いた。
洋子は小声で周造に話しかけた。
「今度私とも飲みに行こっか」
「おう」周造も小声で応じた。
「二人とも、聞こえてますよ」
久子は手を動かしながら続けた。
「洋子、今後この家で暮らすなら、どっちにつく方が得か、良く考えておきなさい」
洋子はぎょっとして久子の背中を見た。
そのとき久子が大きく鍋を振った。
「な、ぎすぎすしてるだろう?」周造が洋子に顔を近づけ言う。
「ほんとね。更年期障害かしら」
「そんなのとっくに過ぎましたよ。二人とも今日は晩御飯いらないみたいね?」
久子ががちゃがちゃと鍋を揺らしながら言う。
洋子と周造は顔を見合わせ、うなずきあった。
「母さんの八宝菜は絶品よね」まずは洋子の番だ。
「土田屋の大福には負けるけどね」久子のガードは固い。
「かあさーん。もう勘弁してよ、着いた早々」
「帰省ってわけじゃないんだから。これからはもうお客様じゃないんですからね。甘えは許しません」
次は父さんの番。洋子が目で促す。
「そのお、なんだ、それにしても、母さんの料理はほんとにすごいよ。塩気を控えていても、味がしっかりしてるんだから。病人にはこれ以上のものはない」
「それは良かった。更年期障害だから料理ぐらい作れないと、取り柄がなくなっちゃいますもんね」
「母さん・・・」周造は言葉を接げなかった。
周造と洋子はもう一度見合う。
洋子は、小さく首を振り、黙ったままもう一度お茶をすすった。
こんな団欒は久しぶりだと思った。
名古屋にある国立大学の医学部を卒業し、医師になった洋子は、そのまま市内にある大学の系列病院に勤務していた。
実家のある小倉には盆か正月のどちらかには帰るようにしていたが、そのまま帰れなかった年も少なくない。
久子と周造は、結婚しろとも子供を産めとも、一度も言ったことはない。
おかげで洋子は仕事に専念することができた。
専念? 実際は忙殺されていただけだと思う。